今回の記事は「The Truth of Seabass ザ・トゥルース・オブ・シーバス」コーナーの記事です。
《下の画像は、当ホームページの過去の記事の表紙の一部抜粋画像です!》
⬛はじめに
皆さん、いよいよバチ抜けの爆釣シーズン突入で、シーバサーの活性も高まって来ていると思うが、いい釣りをされているだろうか。それとも、まだ寒い日も多いので、釣りに出掛けるのは、もう少しあったかくなってからと思っているだろうか。
ということで、今年も始まってまだ1ヶ月ちょいしか経っていないので、今回は今年1年の釣りに繋がる話を書いてみようと思う。
シーバスフィッシングに限らず、どんな釣りでも「大きな魚が釣れれば嬉しい」というのは、釣り人共通の気持ちだと思う。
シーバスで言えば、やはり80cmオーバーのランカークラス、もっと言えばメーターオーバーのサイズは1つの目標であり、夢だろう。
しかし世の中には、めちゃくちゃ釣りに行っているのに、いつまで経ってもランカークラスに出会えずに苦労している方も多いのではないだろうか。
かくいく私もシーバスフィッシングを始めて最初の1年間は、ランカークラスはもとよりシーバス自体1匹も釣れなかった。生まれて初めてシーバスを釣ったのは、忘れもしない2月の荒川河口の若洲運河にある若洲大橋下(今は立ち入り禁止)で、確か60cmくらいのシーバスで、釣ったルアーは、ラパラのCD9のレッドヘッドパールホワイトだったと思う。
そして、それから何年もランカークラスと出会えないまま年月が過ぎていき、釣ったシーバスの数は、軽く1000匹を超えるようになり、フィッシングライターとして、釣り雑誌や新聞、ムック本なんかでも偉そうな事を書くようになったのだが、私が比較的コンスタントに幅広いポイントでランカーシーバスを釣れるようになったのは、記憶は定かでないのだが、確かカラー連載コーナーを持たせてもらうようになってからだった様に記憶している。
あの頃を思い返してみると、カラー連載コーナーを持たせてもらうようになってから、妙にでかいシーバスが釣れるようになり、調子のいい時は、月に何本もランカーシーバスを釣ったり、半年以上毎月連続でランカーシーバスを釣ったりした事もあった。
この時、何故私はフィッシングライターになって連載コーナーを持ち始めたとたんランカーシーバスが釣れる様になったのだろうか。当たり前だが、シーバスは私がフィッシングライターになった事など知らないので、変ったのは私の方だ。何が変わったのだろうか?
あの当時は、インターネットの掲示板が流行り始めた頃で、そのすぐ後に「2ちゃんねる」が最盛期を迎え、そこでは「ゴルゴ横山は魚屋でデカイ魚を買って写真を撮っている」とか「別のポイントで釣った魚を運んできている」などと書かれたりした事もあったが、ランカーシーバスの記事を多く書けるようになったのは、そんな事が理由では無い。
私のカラー連載コーナーでは、数多くの回数のランカーシーバスの取材記事を掲載してきたのだが、毎回いちいち魚屋で魚を買っていたら、面倒くさくてしょうがないし、金がもたないので、何年も続けていられない。
下の雑誌の表紙画像は、昔、私がカラー連載コーナーで書いていた頃の雑誌の表紙だが(画像が粗くて申し訳ない💦)、この月の雑誌のテーマは「スニーカーで80オーバー」なのに、私が持っているシーバスは「77cm」で、結構話題になった😅この時は、どんなに頑張っても、この月は「80オーバー」が釣れなかったので仕方が無い。
こんな写真を表紙に使ってくれた編集部にも感謝だが、嘘をつくつもりなら、こんな正確なサイズは記載しないだろうし、どうせ、魚屋で魚を買うなら「80cmオーバー」のシーバスを買う。それにしても、よくこんな写真を使ってくれたモノだ(笑)
私の場合、毎月の取材経費は、高速代とガソリン代と参考書籍代を合わせると、毎月10万円以上掛かっており、編集部で落としてもらえる経費は微々たるものだったので、毎月赤字で、実は結構自腹を切っていたのだ。
それだけボウズ取材が多かったという事でもあるのだが、まぁ、そこは皆さんに、嘘偽りの無いエキサイティングな記事をお届けするための努力ということで、武士の情けで突っ込まないで頂けると・・・😅
・・・と、昔話が長くなってしまったが、今回の本題は「大型シーバスが釣れるポイントとはどんなポイントなのか?」だ。
それを知るヒントの1つに「私がフィッシングライターになる前と後で変わった事」がある。さて何が変わったのだろうか?皆さん、少し想像してみて欲しい。
⬛私がフィッシングライターになる前と後で変わった事
先ほど私は、初めてのシーバスを釣ってから、何年もランカークラスと出会えないまま年月が過ぎていき、釣ったシーバスの数が軽く1000匹を超えるようになってフィッシングライターになってからランカーシーバスが、よく釣れるようになったと書いた。
私がフィッシングライターになる前と後で大きく変わった事は何だろう?それは「釣りに行くポイント」だ。
当時は今ほどコンプライアンスや立ち入り禁止が厳しくなかった時代だったので、フィッシングライターになる前のアマチュア時代は、結構グレーなポイントにもよく行っていた・・・というのは、少々ごまかした書き方で、シーバスがよく釣れるポイントであれば、正直、かなり・・・なポイントにも入って居た。
まぁ、そこまでヤバイポイントは多くは無いモノの、当時私が通っていたポイントは、ほぼ全てウェーディングの必要無い東京湾奥の港湾エリア周辺の陸っぱりを中心としたポイントだったのだが、あのユルかった時代でも、それらのポイントは、ほぼ全て「 ” 厳密には “ 釣り禁止/立ち入り禁止」の場所だった。
そう書くと「ゴルゴ横山は、なんて悪いアングラーなんだろう」と思われる方が居るかもしれないが、今も昔も「東京湾奥の港湾エリア周辺の海岸線」は、ほぼ全て「 ” 厳密には “ 釣り禁止/立ち入り禁止」の場所で、真昼間から多くの家族連れで賑わっていたポイントも、ほぼ100%「黙認系ポイント」で「 ” 厳密には “ 釣り禁止/立ち入り禁止」の場所だった。
今は、釣り禁止どころか、立ち入り禁止になっている「若洲運河」などは、昔は水際まで車で入れて、休日などはバーベキューをしている家族連れもよく見かけたし「若洲大橋」の橋の上には、ずらっと路上駐車の車が並び、みんな椅子を出して釣りをしていて、橋の上には車を停めるスペースさえ無い事もよくあり、その後ろをパトカーが通り過ぎて行く・・・という、ほのぼのとした風景がよく見られたが、当然、昔も「橋の上に路上駐車しての釣り」など道路交通法違反だ。
そんなおおらかな時代だったので、取り締まる側も、特段、柵を乗り越えてコンビナート等の企業の敷地に侵入するみたいな事でもしない限りは、特にうるさい事を言われる事も無く、釣り人もまさかそこが「厳密には釣り禁止/立ち入り禁止」の場所だったなんて事は知らなくて、特に悪気は無かったと思う。
しかし、そんな時代でもマスメディアで記事を書くフィッシングライターになると事情は変わって来る。特に、私の記事は、どこで魚を釣ったのかを明記するスタイルの記事だったので、より厳しい規制意識を持たざるを得なく、編集部からもそれを要請されていた。
ちなみに、ソルトルアーの雑誌の取材で、フローティングベスト/救命胴衣の着用が推奨され始めたのもこの頃で、ソルトルアーの世界では、それまでは、誰もフローティングベストなんて ” ダサイ ” ” 動きにくい ” と言って着用していなかった。
まぁ、それでも「厳密には釣り禁止/立ち入り禁止」の場所を全て排除すると、かなりキツイ事になるので、実際は「グレーの中でも白に近いグレー」ポイントを、こちら側で判断して取材する事としていた。
下の画像のシーバスが釣れるポイントのムック本を出す時などは「グレーの中でも白に近いグレー」を選ぶのにかなり苦労した。
中には「ここはメチャクチャ釣れるけれども、立ち入り禁止なので絶対に入らないように!」みたいな、天才的な紹介文を書いていたライターの方も居て「その手があったか・・・」と、私も感動しながら読んだものだ。
ただ当時は、世の中全体がユルかったし、発行部数の少ないムック本という事で許された面もあるが、あのポイントは今は、夜間に警備員の巡回もあるのでアウトだろう(笑)
ただ「グレーの中でも白に近いグレーポイント」まで、ポイント選択の規制を緩めても、事実上、発行部数が一定以上ある雑誌の本誌のカラー連載でポイントを明示出来る釣り場は「東京湾奥の港湾や運河周辺の陸っぱり」には存在しなかったので(当時は、釣り公園も極めて少数しか存在しなかった)、必然的に、連載を続けるには、私が得意な「東京湾奥の港湾や運河周辺の陸っぱり」以外のポイントを開拓する必要があったのだ。
そんなこんなの裏事情があって、私の取材先は必然的に「東京湾奥の港湾や運河周辺の陸っぱり以外のウェーディング系ポイント」が多くを占めるようになって行ったのだった。
ただ、それまで「東京湾奥の港湾や運河周辺の陸っぱり」でしか釣りをして来なかった人間が、ある日突然「東京湾奥の港湾や運河周辺の陸っぱり以外のウェーディング系ポイント」で釣りをしろと言われても、何も知らないし、そんな場所で釣りをしている方々ともほとんど交流が無かったので、知り合いも居ない。
そこで、仕方なく「新規ポイント開拓」を毎回せざるを得なくなったのだが、全く何も知らない人間が、いきなりその手のポイントで新規ポイント開拓しろと言われても困るので、最初の頃は、先輩ライターさんの取材にくっついて行ったり、「友達の友達」の釣りに同行させてもらったりして「あぁ、こういう感じの場所でシーバスは釣れるんだ」という事を学ばせて貰った。
あの頃を思い出してみると、当時はまだバブルの残り香があった時代で、ルアーフィッシング業界はかなり華やかな時代で、ブラックバスやシーバスの世界には、売れっ子の先輩が何人も居て、取材の仕方や記事の書き方や業界ルールを含めて、いろんな事を教えてもらった。やはり、どんなことでも経験者や先輩の背中を見る下積み時代を経験する事は大事だ。
・・・と、なんだかノスタルジックな余談になってしまったが「私がフィッシングライターになる前と後で変わった事」の大きな点は、それまで「東京湾奥の港湾や運河周辺の陸っぱり」でしか釣りをして来なかった人間が、ある日突然「東京湾奥の港湾や運河周辺の陸っぱり以外のポイント」で釣りをしろと言われるようになったという点だ。
その後、数多くのランカーシーバスと巡り会ってきたが、今思うと、この「釣りに行く場所」こそが、私がでかいサイズのシーバスを釣れるようになった、最も大きな因子だった。
では「東京湾奥の港湾や運河周辺の陸っぱり以外のポイント」で釣りをすれば、ランカーが釣れるのだろうか?
また「東京湾奥の港湾や運河周辺の陸っぱり以外のウェーディング系ポイント」で、よく釣りをするようになったらランカーシーバスがよく釣れるようになったのは、たまたま私だけがそうだったという事なのだろうか?
今回の記事の内容をまとめたザックリ概要については、下の動画でも解説しているので、文字を読むのが面倒な方は、まずはこの動画をご視聴頂ければと思う。
以下上の内容について、具体的なポイントを例に挙げ、マニアックに深堀りしてみようと思う。
⬛「大きいシーバス」と「小さいシーバス」が釣れたポイントの比較
ランカーシーバスがよく釣れるポイントの条件に付いては、結構前に下記の記事で少し解説した事がある。
上記の記事では、ランカーポイントの条件として、以下の2点を挙げていた。
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